ヤモリはなぜ壁にくっつける? 足の細かな毛と接着の実験

青灰色の体に橙色の斑点があるトッケイヤモリ 爬虫類
トッケイヤモリ(Gekko gecko)。写真:Nick Hobgood / Wikimedia Commons、CC BY 2.0。

ガラスのような滑らかな面にも、ヤモリの足はぴたりとくっつきます。その接着を支えるのは、足裏に並ぶ細かな毛と、毛の先端が面に密接に触れる構造です。では、触れたところにはどんな力が働くのでしょうか。

湿った空気の中や、水に沈んだ面でも同じようにくっつけるのでしょうか。こうした問いは、条件を一つずつ変える実験によって切り分けられてきました。この記事で紹介する研究は、いずれも実験によく使われる大型種のトッケイヤモリを対象にしたものです。

写真のトッケイヤモリ(Gekko gecko)が、ここで紹介する接着実験の対象種です。写真:Nick Hobgood / Wikimedia Commons(CC BY 2.0)。

足の裏はどうなっているのか

ヤモリの指の裏には、剛毛(ごうもう)と呼ばれる細かい毛がびっしりと並んでいます。一本一本の毛はさらに先が枝分かれし、その先端は平たくなっています。この構造によって、実際に面と触れ合う部分を増やせます。硬い板を壁に押し当てても、実際に触れているのは表面のわずかな出っ張りだけです。細く枝分かれした毛なら、面の細かな凹凸に沿ってしなり、きわめて近い距離まで面に寄り添うことができます。

こうした指のひだ、毛、平たい先端という段階的な構造が、足裏の接着を支えています[2]。毛1本を切り離して力を測る研究も行われてきました[1]。構造が分かれば力の正体も分かる、というわけではありません。同じ「毛が面に密着する」という絵から、いくつも異なる説明が立てられるからです。

指の裏のひだから細かな毛、枝分かれした平たい先端へと拡大した模式図
足裏の接着構造の模式図。指のひだに毛が並び、枝分かれした平たい先端が面に接します。矢印は拡大する部分を示しています。

どの力が働いているのか——二つの説明を比べた実験

かつて有力だった説明の一つは、毛と面のあいだにごく薄い水の膜ができ、その水が両者を引き寄せているというものでした。空気中の水分が結露して橋のようにつながる、というイメージです。もう一つは、じゅうぶんに近づいた分子どうしのあいだに働くファンデルワールス力によるという説明でした。

2002年の研究は、この二つを見分ける条件を用意しました。水になじむ面(酸化シリコン)と、水をはじく面(ガリウムヒ素〈がりうむひそ〉)の両方で、同じように接着の力を測るという設計です。比較には、分子間の引力が働きやすい2種類の半導体の面を選びました。水の膜が接着に欠かせないなら、水をはじく面では力が大きく落ちるはずで、落ちなければその説明は成り立ちません。実験では9匹のヤモリについて指を1本ずつ、面に沿って滑り出すまで引き、面積あたりの力を比べました。結果は、どちらの面でも強く接着し、はっきりした差は現れませんでした。切り離した毛1本を面から垂直に引き離す別の測定でも、水になじむ面と水をはじく面の双方に接着しました。ただし、こちらの比較に使ったのは酸化シリコンの面と、表面処理したシリコンの面です[1]。

この結果が示したのは、水の薄い膜が接着に必須だという説明への反証であり、ファンデルワールス力が関与しているという主張を支えるものです。ただし、水がまったく影響しないと証明したわけではありません。指を使った測定と毛1本の測定では、力を加える向きも試験の条件も同じではなく、一つの実験ですべてが決着したわけでもありません[1]。

この実験で比べたもの

指1本の実験

9個体。水になじむ面と水をはじく面に指を付け、面に沿って引く。

毛1本の実験

指から切り離した毛をセンサーに付け、面から垂直に引き離す。

どちらの比較でも、水をはじく面で接着しました。二つの実験は材質と力の向きが異なります。

湿った空気では接着はどう変わるか

水の膜が必須でないなら、湿度は関係ないのでしょうか。2010年の研究はここを調べました。生きた個体を濡れた壁で走らせたのではなく、切り離した毛の並びをガラスと水をはじく面の上で引きずり、湿度と引く速さを変えて力を測る装置実験です。

湿度が上がると、接着も摩擦も増えました。水になじむ面でも、はじく面でも増えています。引く速さを上げても増加は見られました。さらに、毛をつくっている角質そのものの機械的な性質も、湿ると柔らかくなる方向に変化していました。著者らはこの結果から、水が橋のようにつながるためではなく、毛が柔らかくなって面によくなじむようになるためという説明を支持しています[2]。

同じ「湿ると増える」という観察でも、原因の置き場所が違えば別の説明になります。湿った空気の話と、水に沈めた話が別の条件であることにも注意が必要です。

水に沈めると、面によって結果が逆転する

2013年の研究では、6匹のトッケイヤモリに乾いた面と水没した面を踏ませ、すべての足が滑り始めるまで水平に引く力を比べました。水没条件では面の上に約1cmの水を張り、足を水に沈めています。試したのは水との相性が異なる4種類の面です。

力の単位N(ニュートン)で結果を見ると、水になじむガラスでは、乾いた状態の17.1Nに対して水中では5.4Nと、大きく下がりました。一方、アクリル樹脂(PMMA)と、表面処理で水をはじくようにしたガラスでは、乾いた状態と水中で統計的に明確な差は認められませんでした。これに対し、水をはじくフッ素樹脂(PTFE)では、乾いた状態の1.6Nに対し水中で8.0Nと、逆に増えました[3]。

「濡れれば滑る」という単純な話ではなく、面が水となじみやすいかどうかで結果の向きまで変わる——ここがこの実験の要点です。なお、これらの数値は自然に足を置かせた条件で各個体3回測ったうちの最大値を平均したもので、天井にぶら下がれる重さを表すものではありませんし、雨の日でも安全に歩けることを示すものでもありません[3]。

乾燥と水没での接着力の比較。ガラスでは水没で低下し、フッ素樹脂では増加した
4種類の面で測った、滑り始めるまでの力。茶色が乾燥、青色が水没で、6個体の平均です。横線は平均値の不確かさの指標である標準誤差(ひょうじゅんごさ)を示します。Starkほか(2013)の値から作図。

ざらついた面と、体の大きさ

実験に使われるガラスやアクリルは、ヤモリが本来登る樹皮や岩とはかなり違う面です。2022年の研究は、平滑なアクリルと粗さの異なる7種類の紙やすりを使い、接着の力を比べました(接着実験は14個体)。

一般に、粗い面ほど発揮される力は小さくなりました。さらに、発揮できる力と体重との釣り合いも、面の粗さによって変わっています[5]。つるつるの面で測った値をそのまま自然の環境に当てはめられないことが、実験の中で確かめられたことになります。ただし比較に使われたのは紙やすりであり、樹皮や岩そのものを試したわけではありません。

静電気の働きも調べられている

接着に関わる力の候補は、その後も検討が続いています。2014年には、5匹のトッケイヤモリの足裏を銅板に張った高分子膜(こうぶんしまく)に接触させて滑らせ、生じた電荷と力を同時に測った研究が報告されました。著者らは、接触によって生じる静電気の寄与を指摘しています[4]。

ここで試したのはTeflon AFとPDMSという2種類の高分子膜です。特定の材料で得られた結果を、すべてのヤモリや壁にそのまま広げることはできません。2002年の実験で比較した面とも異なります。どの面で、どのように接触させたかまで合わせて読む必要がある研究です[4]。

わかっていること、まだわからないこと

整理すると、次のようになります。足裏の細かく枝分かれした毛が面に密に触れることが接着の土台であり、2002年の比較実験は、水の薄い膜を必須としない接着を支持しました[1]。紹介した実験では、湿度が上がると力が増え[2]、水没の影響は面の性質によって異なり[3]、粗い面では力が小さくなる傾向が見られました[5]。

つまり、ヤモリの接着を理解するには、毛の構造と、触れる面・水分・力の向きを一緒に考えることが大切です。個々の毛について測った力に毛の総数を掛け合わせた「理論上の最大値」という見積もりもありますが、これは計算値であって、実際の足で測られた力ではありません[5]。

そして、ここで紹介した研究はすべてトッケイヤモリを対象にしています。日本の家の壁で見かけるヤモリが同じ数値を示すかどうかは、これらの研究から直接は言えません。壁を登るという同じ行動でも、種や面の条件が変われば、確かめ直す必要があるということです。

もっと知りたい人へ・参考文献

以下は本文の主要な主張の出どころです。実験の条件や測り方まで確かめたい方は、原著をご覧ください。

[1] 水の膜を必須としない接着を支持した実験
Autumn, K. ほか(2002)Proceedings of the National Academy of Sciences
Evidence for van der Waals adhesion in gecko setae

[2] 湿度で接着が増える理由を、材料の性質の変化から説明した研究
Puthoff, J. B. ほか(2010)Journal of Experimental Biology
Changes in materials properties explain the effects of humidity on gecko adhesion

[3] 水中での接着が面の濡れやすさで変わることを示した研究
Stark, A. Y. ほか(2013)Proceedings of the National Academy of Sciences
Surface wettability plays a significant role in gecko adhesion underwater

[4] 静電気の寄与を報告した研究(本文の紹介は要旨・結果冒頭・図の説明に基づきます)
Izadi, H. ほか(2014)Journal of the Royal Society Interface
Role of contact electrification and electrostatic interactions in gecko adhesion

[5] 面の粗さと体の大きさが接着に与える影響を調べた研究
Cobos, A. J. & Higham, T. E.(2022)Beilstein Journal of Nanotechnology
Growing up in a rough world: scaling of frictional adhesion and morphology of the Tokay gecko (Gekko gecko)

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