夜に海や山を越えていく小鳥は、目印の少ない空で方角を保っています。手がかりのひとつが地磁気、つまり地球そのものがつくる弱い磁場だと考えられています。ただし「どんな仕組みで感じているのか」は、まだ決着していません。
この記事では、証拠を二種類に分けて見ていきます。ひとつは生きた鳥が磁場に応じて向きを変えるという行動の証拠。もうひとつは鳥の体にあるタンパク質が磁場に応答するという分子の証拠です。どちらも確かめられていますが、両者の間にはまだ埋まっていない隔たりがあります。
この記事でわかること
- かごの中の鳥の向きから、磁場の手がかりをどう調べるか
- 磁場を回すと鳥の向きが変わり、ある周波数の電波を加えると偏りが消えること
- 試験管の中のタンパク質が磁場に応答するという、別種類の証拠
- 行動の証拠と分子の証拠の間に、何が残されているか
冒頭写真:クロズキンムシクイの雄。行動実験の対象種で、写真の個体は実験に使われた鳥とは別です。Michael Apel / Wikimedia Commons(CC BY 2.5)。
かごの中で、鳥はどちらを向くのか
渡りの時期になった小鳥は、夜になると止まり木の上で落ち着かなくなり、行きたい方向へ向かって跳ねます。この性質を利用するのが、すり鉢形のかご(Emlen funnel)です。
直径35センチ、高さ15センチ、壁が45度に傾いた容器の内側に、傷がつくと色の変わる感熱紙を貼ります。鳥が壁を蹴るたびに爪痕が残り、1時間後にその分布から「どちらへ行こうとしていたか」を読み取ります。
大事なのは、この爪痕が実際に飛んだ経路でも距離でもないことです。分かるのは、かごの中で鳥が偏って跳んだ向きだけ。それでも、同じ鳥に条件だけを変えて何度も試せば、条件の違いが向きに効くかどうかを比べられます。

磁場の向きを回すと、鳥の向きも回った
2022年に発表された研究では、野生で捕獲して飼育したクロズキンムシクイを使い、2019年と2021年の春の渡りの時期に実験しました。捕獲したのは繁殖期の後から秋の渡りの時期です。[1]まず方角を定めて跳べる個体を選び、そのうえで本試験を最初からやり直す形で実施しています。
実験室では、コイルで二通りの磁場をつくりました。ひとつは通常の地磁気。もうひとつは、強さと傾きはほぼそのままに、水平方向だけを反時計回りに120度ずらした磁場です。通常の条件でもコイルには電流を流し、二組のコイルが互いの磁場を打ち消すようにしてあります。部屋は、時間とともに変動する電磁ノイズを遮るように覆われていました。記録紙を読む2人は、その紙がどの条件のもので、どちらが北かを知らないまま、独立に評価しています。
結果を見てみましょう。通常の地磁気では集団の平均が東寄り(北から時計回りにおよそ76度)、磁場を回した条件では北西寄り(およそ304度)。反時計回りの差はおよそ132度です。設定した120度ちょうどではありませんが、平均方向の推定には不確かさを表す幅(95%信頼区間)があり、磁場に合わせて120度回るという予想と整合していました。つまり鳥は、部屋の中の磁場の向きに合わせて自分の向きを変えたことになります。
ここで、よく聞く言い方に注意しておきます。この結果は「鳥が磁場を見ている」ことを示すものではありません。鳥が磁場を視覚として感じているかどうかは確かめられていません。また、私たちが使う方位磁針が北極と南極を区別するのと同じやり方で鳥が磁極を見分けているかどうかも、この実験からは決められません。分かったのは、磁場の向きを変えると行動の向きが変わる、という対応関係です。
弱い電波を加えると、偏りが消える
同じ研究で調べたもうひとつの条件が、電波を使った条件です。かごの周囲に75〜85メガヘルツの広い帯域の電波を加えると、通常の地磁気でも回した磁場でも、集団として特定の方角へ向く有意な偏りが見られなくなりました。鳥は跳ねていますが、向きがまとまらなくなるのです。
解析に含まれた個体数は、電波なしの通常磁場で32羽、回転磁場で31羽、電波ありではそれぞれ27羽、29羽でした。同じ鳥を4条件で試しているので、これらを足した数の鳥がいたわけではありません。活動量や方向のデータが足りない鳥は条件ごとに除かれるため、数がそろっていないのです。
なお、この実験は電磁ノイズを遮った部屋で特定の周波数帯を意図的に加えたものです。屋外の電波が渡りに影響しているかどうかは、ここからは判断できません。

なぜ「電波で乱れる」と分子の話になるのか
電波で向きが乱れたことは、単なる妨害以上の意味を持つと考えられています。鍵になるのがラジカル対(つい)という考え方です。
分子の中の電子は、ふつうは二つずつ対をつくっています。その対の相手がいない電子を持つ分子などを、ラジカルと呼びます。光を吸収したあとに電子が移動すると、こうしたラジカルが二つ、互いに関係する組として生じることがあります。これがラジカル対です。電子は小さな磁石のような性質(スピン)を持ち、ペアになった2個の電子の向きの関係は、ごく弱い磁場によっても変わりうると考えられています。その関係が変われば、そのあとの化学反応の進み方も変わります。
この考え方が方角の感覚と結びつくのは、分子がどちらを向いているかによって磁場の効き方が変わりうるからです。もし体の中でそうした分子の向きがそろっていれば、頭の向きを変えたときに反応の進み方が変わり、方角の手がかりになりえます。そして、特定の周波数の電波が電子スピンの状態に作用すると、この過程を乱せると予想されます。著者たちは、75〜85メガヘルツで妨害が起きたことを、フラビンを含むラジカル対の計算上の予想と照らし合わせています。
実験を行った著者たちの結論も、「フラビンを含むラジカル対の仕組みと矛盾しない」という言い方にとどまっています。フラビンは、多くの生き物が持ち、光を吸収する黄色い色素の部分です。どの分子のどのラジカルの組み合わせが働いているのか、どのタンパク質なのかまでは、この行動実験からは特定できません。
分子の側から:クリプトクロム4
候補として注目されているのが、クリプトクロム4と呼ばれるタンパク質です。ここで調べられたタンパク質はフラビンを内部に持ち、光を受けてラジカル対を生じます。
2021年にNature誌で報告された研究では、ヨーロッパコマドリのクリプトクロム4(CRY4)を対象に、取り出したタンパク質の光化学反応が磁場の影響を受けることが示されました。ニワトリやハトのものとの比較も行われています。ここで紹介しているのは、公開されている要旨に書かれている範囲です。[4]
気をつけたいのは、これが「地磁気の強さで鳥が体内に感覚を持つこと」を直接証明した実験ではない、という点です。示されたのは、取り出したタンパク質が磁場に応答しうるという性質までです。
前半の行動実験のクロズキンムシクイと、ここでタンパク質を調べたヨーロッパコマドリは、別の種です。同じ個体の行動と分子を一続きに調べた実験ではありません。
方角の手がかりには、分子の向きも重要
ラジカル対の考え方には、見落とせない前提があります。分子の向きがある程度そろっていることです。もしタンパク質が水の中で自由にくるくる回っていたら、磁場の向きによる違いは平均されて消えてしまい、方角の情報は残りません。
2025年に発表された研究は、この条件に正面から取り組みました。大腸菌を使ってつくり精製したヨーロッパコマドリのCry4aと、脊椎動物の目にある視細胞(しさいぼう)の、光を受け取る部分である外節(がいせつ)を模した人工の脂質の膜を用意し、赤外線を使った分光測定と、計算機の中で分子の動きを再現する計算を組み合わせて、両者の関わり方を調べています。[2]
結果として、このタンパク質は人工膜と結びつき、そのとき平均の向きがそろうことが示されました。膜の脂質の詰まり具合など、膜の状態によって結びつき方は変わります。著者たちは、これを「方向を知る分子の仕組みに必要な条件のひとつを満たしている」と位置づけています。
一方で、これは精製したタンパク質と人工膜を使った実験です。生きたコマドリの目の中を直接見た研究ではありません。体内で本当に同じように結合しているのか、膜の上でどれくらい回ったり動いたりするのか、そして生じた変化がどうやって神経の信号になるのか。これらはまだ解かれていません。

出典:Majewskaほか(2025)Figure 6(CC BY 4.0、原図のまま掲載)。画像を押すと拡大できます。
渡らない鳥のタンパク質と比べる
渡り鳥とそうでない鳥で、このタンパク質はどう違うのでしょうか。2025年の別の研究は、ニワトリのCry4aについて、もとのままのものと、アミノ酸を1か所ずつ変えた3種類を比べました。[3]
渡り鳥側に多く見られるアミノ酸を導入した変異では、光反応にも磁場の効き方にも大きな差は生まれませんでした。むしろ、電子の受け渡しに関わる別の1か所を変えたときに、磁場の効果は大きくなりました。
これは、ニワトリの遺伝子を書き換えて渡りをさせた実験ではありません。著者たちの解釈は、今回比べた二つのアミノ酸の違いだけでは、タンパク質の磁場応答の差を説明できないというものです。信号を次の相手へ受け渡す過程、つまり周囲の分子との関わりのほうが重要かもしれない、と述べられています。
二つの証拠の間に残っているもの
ここまで見てきた証拠を並べると、性格の違いがはっきりします。
行動の証拠
生きた鳥を使い、磁場の向きを回すと集団の向きが変わり、特定の周波数帯の電波で偏りが消えることを示した。ただし、体内のどの分子が働いているかは示していない。
分子の証拠
精製したタンパク質や人工の膜を使い、磁場への応答と、向きがそろうという条件を確かめた。ただし、それが鳥の体内で起き、方角を決めているかは示していない。
片方は生きた鳥の振る舞いを、もう片方は取り出した分子の性質を扱っています。どちらも同じ仮説と矛盾しませんが、今回取り上げた研究だけでは、「この分子が、この鳥の体内で、この向きの判断をしている」とひとつながりには示せません。
方角の手がかりと、渡りの道筋は別の問い
今回の実験で調べたのは、鳥がどちらへ向かおうとするかです。現在地を知ることや、目的地までの経路を選ぶこと、長距離の渡りを実際に完了することを測ったわけではありません。磁場が方角の手がかりになるとしても、それだけで渡りの全体を説明したことにはならないのです。
「鳥は磁場を見ている」という表現は、目の中の分子と方角の感覚を結びつける仮説を印象的に表します。ただ、今回の研究からは、鳥自身がどんな感覚として受け取っているかまでは分かりません。行動を変える磁場と、磁場で反応が変わる分子。その間をどうつなぐかが、研究の次の問いとして残っています。
もっと知りたい人へ・参考文献
実験の中身をもう少し詳しく知りたい方へ、この記事が根拠にした論文を挙げます。行動実験と2025年の2件は全文が無料で読めます。
- 行動実験(磁場の回転と電波の影響):
Leberecht B, Kobylkov D, Karwinkel T, et al. (2022) Journal of Comparative Physiology A 208: 97–106.
Broadband 75–85 MHz radiofrequency fields disrupt magnetic compass orientation in night-migratory songbirds consistent with a flavin-based radical pair magnetoreceptor(CC BY 4.0) - タンパク質と膜の結びつき(向きがそろう条件):
Majewska M, Hanić M, et al. (2025) ACS Chemical Biology 20(3): 592–606.
European Robin Cryptochrome-4a Associates with Lipid Bilayers in an Ordered Manner, Fulfilling a Molecular-Level Condition for Magnetoreception - 渡らない鳥のタンパク質との比較:
Gravell J, et al. (2025) Journal of the American Chemical Society 147(28): 24286–24298.
Spectroscopic Characterization of Radical Pair Photochemistry in Nonmigratory Avian Cryptochromes: Magnetic Field Effects in GgCry4a(CC BY 4.0) - クリプトクロム4の磁場感受性:
Xu J, et al. (2021) Nature 594: 535–540.
Magnetic sensitivity of cryptochrome 4 from a migratory songbird
※この論文の紹介は、公開されている要旨に基づいています。



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